首席指揮者ピエタリ・インキネン 10/26 横浜定期オーケストラ・ガイド

首席指揮者ピエタリ・インキネン  
10/26 横浜定期オーケストラ・ガイド

舩木(以下略):今日は日本フィルの首席指揮者インキネンさんにお話をお伺いしたくご登場いただきました。もう一度大きな拍手をお願いいたします。それから聞き手を務めます舩木篤也と申します。どうぞよろしくお願いいたします。通訳は井上裕佳子さんです。
インキネンさん、ベートーヴェン・ツィクルスがついに先週、東京で始まりました。横浜定期と組み合わせて、シンフォニー9曲ありますけれど、全部聴こうとすると、東京と横浜両方行かなければならないのですが、長い2年間にわたって、2021年まで続きますので、ベートーヴェン・イヤーの2020年だけではないので、長くお付き合いいただきたいのですが。スタートの先週がメインはベートーヴェンの交響曲第3番でしたが、今日は交響曲第1番、ピアノ協奏曲も第1番ということで、インキネンさんにまずお伺いしたいのは、ベートーヴェンの最初のシンフォニー、最初のコンチェルト、この最初、若書きということで何か特別なものをお感じになりますか?

 インキネン(以下略):やはりこれはベートーヴェンの初期の作品ということで、過去の音楽との強いつながりというものをはっきり聴いてとれます。しかしその中でもベートーヴェンの創造性というもの、そしてそれからのちの将来を築いていく彼の創造性というものがはっきりと聴こえてくるという非常に重要な作品たちだと思います。

 

交響曲第1番に話を絞りますが、よく言われるのが、ベートーヴェンらしさというのは第3番になってがーんと出てくるのであって、第1番とか第2番はまだハイドンとかモーツァルトの影響を色濃くとどめていると。そういう言い方をすると、まだちょっとベートーヴェンになりきれていないというか、まだ昔の模倣だよねというような感じなってしまう。私はそれには反対なんです。インキネンさんのお答えを聞きたいところなんですが、そういう意見に対してどう思われますか。

 私も舩木さんと同じ考えです。もちろん古典派の要素というのはたくさん聴いて取れるのですが、今後彼が使っていくトレードマークとしているようないろいろな手法というのもたくさん散りばめられている作品でもあります。

 

例えばトレードマークで一例をあげるとすると、どんなものがありますか。

 一つの例ですが、びっくりするほどのベースの力強さですね。これは彼の交響曲第7番でよく聞こえてくるベースのパートとよく似ています。そして彼の作品には常にサプライズがたくさん秘められています。それまでの当時の習慣とすると、最初はCの和音で始まるんですけれども、ベートーヴェンはそうしません。そこで皆様があっと驚くわけですが、実際、交響曲の2番で次は何をするんだろう、と思ったら典型的なやり方で始まってしまう。そして次に3番が続くというような形で、本当に彼は創造性を持っていろいろな手法、新しいものを取り入れながら、お客様に対していろいろなトリックをかけて、驚かせるのが聴こえてきます。

 

トリックというのはとても良い言葉ですね。私もそう思います。例えば第1交響曲の最初はお聴きになると、あまり理論的なことを考えずにお聴きになっても、クエスチョンマークみたいなものが聴こえます、音楽に。「ん?」という、皆様にこれでいいかな…?という訴えかけがね。あんな風に音楽が始まるのも面白いと思います。もう一つぜひお伺いしたいのは、今日のコンチェルトもそうですし、シンフォニーもそうですけれども、ハ長調で書かれてますね。ベートーヴェンのハ長調というのはどういうものですか。

 例えばワーグナーの《指環》のツィクルスと比べると、これはE♭が基本の調性です。E♭というのは地下の底、ライン川の底でこの世の中が生まれたという意味を込めた非常に深いキャラクターがあるんですけれども、このベートーヴェンの交響曲とピアノ協奏曲というのは、ハ長調(C)なんですが、本当にもう地面そのものというか、わかりやすい始まり方ですね。Cそして2番がD、そして3番がE♭。このように続きます。なのでこのC-majorハ長調というのは、本当の地に足の着いた調性ではないでしょうか。

 

インキネンさん日本フィルのベートーヴェン・ツィクルスは、予定表をご覧になるとお分かりになるとおもいますが、ベートーヴェンだけではなくて他の作曲家と組み合わせになっています。その中でひときわ目立つのがドヴォルジャークです。今日も後半のメインがドヴォルジャークのシンフォニーですが、インキネンさんは日本フィルのほかにもプラハ交響楽団の首席指揮者でもあります。チェコの首都、プラハですね。プラハで仕事を始められてから、ドヴォルジャークの音楽に対する考え方は変わりましたか?

 ドヴォルジャークだけではなくて、ほかのチェコの作曲家に対しても考え方が深まったと思います。もちろんプラハに行く前からドヴォルジャークだけではなくて、スメタナやマルティヌーの音楽も指揮をしていました。ですが、プラハで仕事をはじめ、彼らとツアーに行ったりするとチェコのスピリットというものが、私のDNAの中に刷り込まれていくのがわかります。なのでチェコの音楽に対するアプローチとか、自分が引き出したいような音色、音、キャラクター、そういうものがどんどん進化していったと思います。

 

今日お聴きいただきますドヴォルジャークの交響曲第8番、これは1880年代に書かれたものですが、ドヴォルジャークは当時ロンドンで大成功したということもあって、別荘をチェコに買って、ヴィソカーという村の別荘で気持ちよく過ごしていたみたいですね。そこの森であるとか自然というのが非常にインスピレーションを与えてくれたらしく、この曲もそういう環境の中で書かれたといわれています。その辺は演奏されていて実感されますか?

 まったくその通りだと思います。彼の人生の中で成功した時期があったというのは素晴らしいことだと思います。残念ながら彼の同僚が皆そういう成功というのを味わえなかった時代ですから。ですが、アメリカに行ってから彼はホームシックになりました。本当に彼のルーツがこのボヘミアにあるのだな、と本当に幸せな時代に書いた曲なんだな、と感じます。

 

鳥の声とかが聴こえますよね、第2楽章に。
ベートーヴェン、ドヴォルジャークと話してきましたが、先ほどインキネンさんがちらっとワーグナーとおっしゃいましたが、今日はもう一つツィクルスの始まりとともにお祝いしたいことがありまして、インキネンさんは来年2020年の夏、ドイツのバイロイト音楽祭でワーグナーの《ニーベルングの指環》の指揮を任されました。素晴らしいことです。全部で3回やるんですね。あそこの劇場は、ワーグナーが自分の作品をやるために建てた会場ですが、ちょっと変わった構造をしていますけれども、中に入ってご覧になったことありますか?オーケストラ・ピットの中に。

 バイロイトには何回も行っていて、場所という意味ではよく理解できていると思っています。もちろんピットの中もわかっていますし、聴衆としてもリハーサル、パフォーマンスも聴いてきました。確かにこのバイロイトの劇場というのは、世界の中でもユニークな「楽器」といっても良いと思います。目に見えている部分だけではなくて、すべて木でできています。なのでその響きも非常に独特です。そしてそのピットがステージの下にあるので、音響的にもビジュアル的にも効果は非常に大きいものがあります。観客席からは指揮者が入ってくるのが見えない。そういう意味で劇的な効果というものは、素晴らしいと思います。

 

このバイロイト音楽祭のリハーサルが6月から始まるんですね。ここで一つお知らせなのですが、横浜定期が来年6月13日、インキネンさんの指揮で予定されていたのですが、このバイロイトのお仕事が入ったために、残念ながらこちらでインキネンさんが指揮をすることがかなわなくなりました。その日の公演は据え置きで、別のポール・ダニエルという英国の指揮者が振ってくださいます。そこで演奏される予定であった、ベートーヴェンの第7番の交響曲は、インキネンさんが2021年の1月の横浜定期で予定しておりますので、横浜の皆様にも必ず第7交響曲を聴いていただけると思っています。もう時間となりましたので、終えないといけないのですが、バイロイトで得た実りをですね、日本フィルの舞台でもフィードバックしていただいて、いつか聴かせていただけるといいのですが、どうでしょう。

 これは格別な夏になると私も今から非常に楽しみにしています。そしてバイロイトで得た経験というものを日本に持ち帰り、それをオーケストラ、聴衆の皆様にぜひ聴いていただきたと思います。

 

舩木:ピエタリ・インキネンさんでした。どうもありがとうございました。

 インキネン:ありがとう

聞き手:舩木篤也
通訳:井上裕佳子

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